倶知安神社 虻田郡倶知安町  旧社格:郷社

難読地名の倶知安(「くっちゃん」と読みます)の総鎮守。
蝦夷富士一の宮、倶知安神社です。

祭神


誉田別尊   (ほんだわけのみこと)
安倍比羅夫将軍(あべのひらふしょうぐん)
天照大御神  (あまてらすおおみかみ)
大山祗神   (おおやまつみのかみ)
保食神    (うけもちのかみ)
菅原道真公  (すがわらみちざねこう)
大国主命   (おおくにぬしのみこと)
事代主神   (ことしろぬしのかみ)
天之鈿女命  (あめのうずめのみこと)
大山咋神   (おおやまくいのかみ)


由緒


659年(斉明 5年)     日本書記によれば、阿倍比羅夫が後方羊蹄に郡領を置く。
1892年(明治25年) 5月19日 第一次移住者の5人が、倶知安原野に入墾する。
1896年(明治29年) 4月 2日 入植者の協議により、開拓の守護神として京都府の石清水八幡宮より誉田別尊の御分霊を勧請
             ブイタウス(現豊岡)の小祠に祀る。
         9月 3日 現在地に遷座した。
         9月11日 倶知安尋常小学校が神社境内で開校する。
1897年(明治30年) 9月 1日 八幡神社の創立を出願する。
1898年(明治31年) 1月24日 創立が許可される。
1910年(明治43年)12月25日 神社境内の倶知安尋常小学校が移転する。
1918年(大正 7年)     村社に列せられる。神饌幣帛料供進神社に指定される。
1922年(大正11年)     郷社に昇格する。
1925年(大正14年)     社務所焼失。翌年再建される。
1942年(昭和17年)     石造大鳥居を建設、安倍比羅夫将軍を増祀する。
1947年(昭和22年)     倶知安町北4条西1丁目に、頓宮氏子集会所を設置する。
1952年(昭和27年)     倶知安八幡神社に改称する。
1959年(昭和34年)     頓宮を倶知安町南1条東2丁目に移設する。
1965年(昭和40年)11月 5日 焚火不始末で社殿を全焼失する。
1966年(昭和41年)10月27日 現社名の倶知安神社に改称する。
             比羅夫神社(祭神:大山祗神・天照大御神・保食神 明治31年頃創祀)、天満宮(祭神:菅原道真公・天之
             鈿女命、明治31年頃創祀)、山陰神社(後に出雲神社、祭神:大国主神・事代主神、明治31年9月創祀)を
             合祀する。
1973年(昭和48年)     社殿が再建される。


境内


神社  社名碑。
 国道276号線沿いに建つ。

神社  一の鳥居。
 駐車場は境内なので、車ごと鳥居をくぐる。

神社  二の鳥居。
 

神社  神門?
 境内に塀はなく、門だけが建つ。

神社  社殿。

神社  一の鳥居近くの狛犬 阿形。

神社  一の鳥居近くの狛犬 吽形。

神社  社殿前の狛犬 阿形。

神社  社殿前の狛犬 吽形。

神社  神輿殿。



摂末社


神社  羊蹄山神社。
 社務所で御朱印をいただけます。

神社  倶知安神社頓宮(境外末社)。
 詳細はリンク先をご覧下さい。
 倶知安町の市街地に建っています。



石碑等


石碑  地神塔。
 「ダブル」で建っているのは非常に珍しい。

石碑  倶知安小学校発祥旧跡地の碑。
 倶知安小学校(開校時は倶知安尋常小学校)は、開校から
 15年間この地にあった。

石碑  尊農開基の碑。

石碑  郷社 八幡神社の碑。
 「八幡神社」は、倶知安神社の創建時の社名。



参拝ガイド


【所在地】
虻田郡倶知安町字八幡476番地

【交通機関】
バス
 JR倶知安駅から
   道南バス 伊達駅前行き/喜茂別行き 保育所前 下車すぐ

【車】
駐車場あり。

※交通の状況は、各交通機関のホームページ等でご確認下さい
JR北海道
道南バス
 
>

スポンサーリンク


その他あれこれ


倶知安周辺から、羊蹄山が良く見える。
この羊蹄山、地図上の正式名称は「羊蹄山」だが、歴史的経緯から別名が複数ある。
 ・マッカリヌプリ(アイヌ語)
 ・蝦夷富士(えぞふじ、富士山に似た姿から)
 ・後方羊蹄山(読み方は「しりべしやま」、明治から昭和までの呼び名)

神社  初夏の羊蹄山。



参考ホームページ


北海道神社庁 倶知安神社
ウィキペディア 倶知安町
倶知安町公式HP





スポンサーリンク



参考:北海道神社庁ホームページ
   フリー百科事典 ウィキペディア(Wikipedia)
   倶知安町公式HP

inserted by FC2 system